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2019/06/12new

目の前の上司よりSNS。参考書よりGoogle。プログラマよりGithub。

Tweet ThisSend to Facebook | by:nishino

 なんて、tweetがあったコトを思い出して、

 「目の前の上司よりSNS。参考書よりGoogle。と同じ理屈で、目の前のプログラマより、Google, GitHub, Package Manage。と言う時代なので、"自分にしかできないことを大切にしよう。"という話なんじゃないだろうか?

 なんて思ったりしました。
 (下記の記事にインスパイアされた可能性)


 そして、この前の投稿にも書いたように、最近は、「他社サービスやパッケージをカジュアルに担ぐ時代になって来た。」ように思います。コレを見て、メーカー系の年寄りは、「自分で考えて実施するのが重要だ。」と、直ぐ言うのですが、これには、色々と前提の変化がある気がしています。

 「まぁ、狩猟漁労時代の常識は、農耕時代の常識とは違いますし、農耕時代の常識は、産業革命後の時代の常識とは違います。また、最近は、産業革命後の時代から、情報革命後の時代へとシフトしている最中なのかもしれません。そう考えると、昨今、世代間で大きな認識の違いが有るのは当たり前なのかもしれません。

 さて、前提の変化とは何か?と言う話ですが...。



  • 目の前の上司よりSNS。
  •  インターネットを使い慣れた昨今の若手は、インターネット検索により問題解決の情報を入手したり、SNSでインフルエンサーをフォローしたり、独自のタイムラインを形成してして、助言、気付きなどの様々な情報を入手したりするケースが増えていると思います。

     従って、身近に居るからこそ出来ることも、"まだまだ" あるとは思いますが、昔と違って、身近で経験を持っている人達の価値は相対的に下がってきていると言えます。

  • 参考書よりGoogle。
  •  最近は、勉強で、書籍などを購入しても、やはり、書籍に書き切れることは、筆者の知識の範囲だし、紙面の都合上...みたいな話もあるので、補足的に知りたいことなど(若しくは誤植などの対応など)、大分、インターネット(の特にGoogle検索)に頼るケースが多くなってきたと思います。

     私も、先日のPMP資格取得の勉強で、散々、インターネットの情報を活用させて頂いたと同時に、情報発信の方もさせて頂きました。

  • 目の前のプログラマより、
    Google, GitHub, Package Manage。
  •  昨今、他のプログラマの知見はインターネットに開示されていますし、プログラムのソースコードはGitHubに開示されていますし、ビルドされたライブラリはPackage Managerに公開されています。

     私が、よく「スタックする。」と言う言葉を使用するのですが、これらの知見やライブラリを利用するのが、この「スタックする。」の意味です。インターネットの普及により、身近でない、インターネット越しの、世界中のプログラマの知見やライブラリにスタックできるようになりました。

     この意味を、まだ、理解し切れている人は少ない様に思いますが、社内の人件費 ≒ 数億・数十人の組織のアウトプットを上回るアウトプットが、経費0のコミュニティのバーチャル・チームによって創出されてしまう時代に、既になってきています。



 ...ナドナドが、この変化だと(私は、これらを日々の業務で使用する比率が高いので。)思います。若手は、更に上手く、コレらを使用するようになると思います。そうしないと、時代が求める生産性にリーチしないので。

 前述の「他社サービスやパッケージをカジュアルに担ぐ時代になって来た。」のも、その一環ではないか?と思います。「日本 大手 脱自前主義」でググると、昨今、この流れはトレンドのように見えますが、その背景にあるのは、コモディティ化や、"製造工程"(≒ 設計情報の転写工程)が不要な情報の、情報開示による、サプライサイドの集約によるデマンドサイドへのシフトなのではないか?と思います。まぁ、労働強化で対応している自社製品など、若手は扱いたくない訳です。

 と言う事で、シェアの取れないミドルウェアやSIテンプレートがシュリンクするのも、このトレンドに乗った「必然」と言う事かと思います。



余談:

 「昨今、世代間で大きな認識の違いが有る...」みたいなことを上に書きましたが、「古代エジプト人が"最近の若者はけしからん"と言った」という説もあるので、「いやいや、こう言うのは昔からあるんだよ。」なんて思ったりしますが、昔の時代の変化は、今ほど早くはなかったと思うので、今とは違うコンテキスト上での発言だったのではないだろうか?などと思い、チョット調べてみましたが、

 ...それは若者批判の内容ではない。老人が、下克上の乱世で出世街道に乗れなかったことを嘆き、過去を懐かしみながら秩序回復を願っているのである。

 と言う事だそうで、よくよく考えると、私も

 「可能性のある若者の採る行動を、選択肢が無くなって来たが、知識だけはある老人が見て僻んでいるダケなんじゃないかな?

 なんて思ったことがあるので、多分、コレだと思います。

 ...と言う事で、今のジェネレーション・ギャップと、昔のジェネレーション・ギャップは、「社会を取り巻く前提環境自体が大きく変わっている。」と言う点において、大きく違うんですよね。

 もうチョット言うと、物語の主人公が可能性のある若者であるように、可能性のない老人は、現実世界の主人公では無いので、その辺を弁えて余生を生きた方がイイんじゃないか?と思います。私も余生(といっても長いですが)は、その殆どを、OSSへのコントリビューションに費やしていこうと思っています。

 クワトロ:
  「新しい時代を作るのは老人ではない!」

 みたいな感じでしょうか。
 (若い頃にはピンと来ませんでしたが)
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